日記「引出しの中」

遠い日のハテナ ダイアリーのように、、。

2023.12.21「円形に近づく」

これって何のために書いているのだろうか?
日記は基本、秘密の日記であって机の引き出し奥に忍ばせておくものだ。
タイトルを引き出しの中としたのであるから、
心の中のヤバイこと、恥ずかしいことを投げ出すこと、それには厚顔無恥の厚さが100m程度はないと難しい。
と書いて、都知事さんのお顔が浮かんでしまいました、笑

以前「嫌われる勇気」というのが流行った。
でも嫌われるってのは、当人になってみるとなかなか辛いものである。
「本当。お前って大嫌いなんだよね」と面と向かって言われる、、というのは滅多にあることではないと思う。
特に、日本人って、こう言う「豪速球」は大の苦手ですから。

偶然に自分がそこに居たことを知らずに「自分が嫌われていること」を知ってしまったことがある。うっかり、そこに居合わせた!現実からドラマまで、よくある話。
それも半端じゃない嫌われ方で、笑
30分間、仕事が手に付かなくなったな。おい、どーしてくれる?って、、笑
しかし、今、不思議なほど平穏な自分だ。
何故、、それはその嫌われている理由を知っているから。
物事何にでも言えるところがあるが、理由が分かっていると俄然楽になる。難病だって、原因が分からないところに気持ちの悪いところがあるでしょ。
一つの教訓として、些細なことでも(自分が些細なことだと思っても)その人にとってはとてつもなく強いインパクトを持っており、になっている場合だってある、ということ。
正直にストレートに生きるのは大切だけれど、少し考えてみるとか、一歩置く気持ち、余裕が必要かも知れない。年をとって丸くなると言うが、痛いことから学ぶからではないかと思う。学んで「そうなのか」と納得を繰り返すと角が取れていき、
円形に近づく。
嫌われる勇気、まあ確かに物が言えない日本人には薬になる言葉だが、嫌われる勇気ばかりではイスラエルみたいだなー、と皮肉を一発かましたくなる。
虫のいい話だが、私はその方と仲良くなりたいと本気で思っています。