日記「引出しの中」

遠い日のハテナ ダイアリーのように、、。

2024.01.03「光景・2017.03」

復興道路の工事でダンプカーが右往左往している。
僕のレンタカーは彼らに挟まれて、行き先が分からなくなっている。
2017年3月
父母の様子を見るために、急遽帰省。

橋を渡り切ったところで、曲がるはずの道がなく一時的な迂回路が用意されていた。
復興道路
埃が舞い、風景が薄いベージュのフィルターを通したようだ。
面食らってしまい橋の袂にあるスペースに車を止めて母に電話を入れた。
数分後、川を挟んだ向こう側の道路に小走りにやってくる母の姿が見えてくる。二番目の妹、K叔母さんが作った愛用の割烹着と毛糸のハイソックスという定番スタイル。雨が降る以外は水無川だった土手を一気にダーっと下り、今度はこちら側の土手を一気に駆け上がって来た。
殆ど息も切れていない。
呆れた年寄りだと笑うしかなかったが、今思えば久しぶりに会う息子との再会で余程嬉しかったに違いない。

母の愛情。
10才までの自分は酷く病弱だったため、母の気持ちは人一倍感じることが多かったが、時として鬱陶しく憂鬱だった。
今となっては心の中で「ありがとう」って思う。

今日、面会して来た母は、もはや自分を分からなかったかも知れない。判ったふりをしていただけだ。そうでもしないと、こちらが落ち込むことを本能的に感じとっているのだ。微かな気遣い、優しさが仄かに残っている。
キャラを失っていくが、大丈夫!自分の記憶にはオリジナルの母、いつもの母が刻まれている。